「ブログがなかった頃の僕のブログ」

これは2000年1月から9月まで日刊デジタルクリエーターズという メルマガで筆者が連載した「世界1周洋上放送局プロジェクト」 のアーカイブです。

2000-02

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「ip2000」プロジェクト奮闘記  00013(2/2)夢のアドレス帳

さて、世界一周の船にプロダクション機能を載せ、複数のコンテンツを制作していくという骨格が分ってきた「ip2000」プロジェクトですが、なにを? 誰が? どうやって作って行くのか? まずは賛同者を集めながら企画を練って行こうと思いました。2月にプレゼンツールを作り、披露できるようになったら具体的なスポンサーを集めて4月に制作準備! 5月に出航だ! 私は布教する代りに「夢」を伝染させていくことを「布夢活動」と命名することにしました。布夢をさかんにすると「フムフム」となり「夢」はあらたな「納得」へと変化していくのでした。インターネットというのは、世界を変えています。しかし、人々の生活を確実に変えているのは電子メールというものでしょう。というのも、Web は能動的な人以外は根本的に生活や人生が変るたぐいのものではまだないからです。しかし、電子メールは人の接点に関する概念を変えました。実際、このプロジェクトを実現させるのに電子メールがなかったら? それは実現不可能なものでしょう(と、さももう実現したような言い方をしたりして)。先日、親に久しぶりに会うことがあり、このプロジェクトの話をした時にふとしてくれた話がありました。それは1970年(それは自分の生まれた年なんですが)の大阪万博のこと。これは今の経済企画庁長官である堺屋太一氏が20代中盤で、若手のスタッフと組んで1ヶ月くらいで企画提案したものだという話。もう老けた親の話ですから、どこまで正確なのかは怪しいものですが、しかし驚きました。その年齢ではなく、その当時のインフラでその期間に、あれだけの大きいことを実現させることの凄さを。「アポロ13」を見て、大気圏突入の角度をいろんな管制官が検算して確めるシーンを見て「凄い!」と感じた時の感覚に近いですね。そう考えると、なんてたやすく人に伝達できる手段のある時代なのだと。それを利用しないもするも、使い手次第なわけです。連載も10回を越した先週に一度こんなメールを100人の方に出してみました。もちろん自分の連載部分の10回分をこの文章のあとに添えて・・(うーん、迷惑なメールかもしんない・・すんません)-------------(送信メール引用)-----------------------ご無沙汰しております。突然の長文メールお許し下さい。このメールは過去にお会いした人のアドレス帳を見ながらひとりひとりの顔を思い出してこの情報を本当に伝えたいと思う方々にだけ送らせていただいています。私、2000 年から以下のメール新聞で連載を持ち始めました。【日刊デジタルクリエイターズ】 (中略)なんと毎日連載という自らの首を締める形態をあえて選択。今年の自分の夢が失敗か成功するまで続けるという無謀なものです。1万4千人に対して「狼少年」で終るか「夢の実現者」となるかの賭けです。BS デジタルがスタートするこの 2000 年に今までの会社の人脈から派生する仕事をプロデュース(というよりコーディネート)することから自分のやりたい驩謔lットを使っていろいろな人を巻きこんでカタチにする本当の意味の「プロデュース」をしたい!そんな気持ちでこのプロジェクトの連載をはじめました。CM、CG、映画、ゲーム、WEB、CS とやってきた今までの体験をすべて引出してトライしようと思っております。10 回目に入りましたがもし読んで頂いて興味が沸いたら是非購読してください!よろしくお願いします!!PS 会社の仕事もちゃんとやってます!(to 業務関係者各位)プロデューサー 川井拓也(カワイ タクヤ)-------------(送信メール引用終り)-----------------------さて、どんな反応がきたでしょう?(続く)

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